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東京地方裁判所 昭和46年(タ)410号 判決 1973年10月26日

住所 東京都板橋区

原告  後藤芳美(仮名) 外一名

本籍 中華民国台湾省 住所 東京都板橋区

被告 林揚(仮名)

主文

原告後藤芳美および原告山崎梨花がいずれも被告の子であることを認知する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  公文書としていずれも真正に成立したと認められる甲第一、三号証、外国公文書としていずれも真正に成立したと認められる同第二号証、同第七号証の一ないし三、被告本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる同第四、五号証の各一、二、原告芳美本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる甲第九ないし第二二号証、証人青山明子、同原田咲枝、同山崎政子の各証言、原告芳美および被告の各本人尋問の結果ならびに本件弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  山崎政子(大正八年三月三一日生)は昭和二一年四月八日、原告後藤芳美(昭和四七年一二月三日婚姻により後藤姓となつた。)を、昭和二四年六月一〇日、原告山崎梨花を、それぞれ分娩した。

(二)  政子は原告両名を懐胎した当時、被告(昭和三三年六月二九日生)と性的交渉を持つていた。すなわち、被告は、肩書地に本籍を有する中国人で、昭和一一、二年ごろ、妻林曹氏貴美とともに東京都内に注み、板橋区で○○薬研究社という名称で製薬業を営んでいたが、そのころ、政子と知り合い、昭和一三年一月ごろから同女との間に性的関係を持つようになつた。以後、被告は政子を自己の経営するアパートに住まわせて右の関係を続け、同年一〇月二四日、二人の間に咲枝が出生し、同年一二月二七日、被告は咲枝を認知した。その後昭和一五年ごろ、被告は政子に対し、土地建物を提供して同女や咲枝を居住させ、同女らの生活費を負担していた。昭和二〇年三月から昭和二一年春まで、被告は妻林曹氏貴美とともに山梨県に疎開したが、その間も、時折政子のもとを訪れ、性交渉を続けていた。疎開先から帰京後、被告は再び足繁く同女のもとを訪れ、同女方に自己の表札を掲げ、自己名義の電話を同女方に架設し(この電話は現在も被告名義のまま同所に架設されている。)、同所で簡単な病気の治療や薬の調合などの業務を行つていた。また、被告は、昭和二二年ごろ、政子に林姓を名乗らせ、中国駐日代表部に、同女を華僑として登録してやるなどして、公然と同女との関係を続けていた。

(三)  このような関係が続くうちに原告両名は出生したが、被告は、原告らが出生後もしばしば原告ら方を訪れ、原告らの生活費や学資を負担し、原告らをわが子として可愛がつていた。そして、原告らも、被告を父として甘え、原告芳美は小学校卒業まで、原告梨花は幼稚園終了まで林姓を名乗つていた。以上のように、原告らと被告の間柄は昭和三〇年ごろまでは、至つて円満であつたが、同年ごろから、被告と政子との間柄が不和となり、それに伴つて、原告らと被告の間柄も疎遠となつた。その後、昭和三七年一二月ごろ、原告らの姉咲枝が被告に原告らを認知するように求めたところ、被告は格別異議を述べることなく、原告ら両名を認知する旨を記載した認知届を作成してこれを原告らに交付したが、この認知届は、届出名義人である被告の外国人登録証の呈示がないとの理由で受理されなかつた。

以上の事実が認められる。被告は、原告らの母政子が原告らを懐胎した当時、河田某ら被告以外の男性と性交渉があつたと主張し、被告本人尋問の結果中には、右主張に沿う部分があるが、右供述部分は、証人青山明子、同山崎政子の各証言と対比してみるとにわかに措信できない。その他、被告本人尋問の結果中、以上の認定に反する部分は、右各証人の証言および原告芳美本人尋問の結果に照らし措信し難く、他に、以上の認定を左右するにたりる証拠はない。

さらに、鑑定人上野正吉の鑑定結果によれば、血液型検査における原告らと被告との親子関係の肯定確率は九七・八二パーセント(原告らの姉咲枝と被告との親子関係肯定確率も九七・八二パーセント。)であるほか、指紋、掌紋、足紋の検査結果、耳垢型およびPTC味覚型検査結果、顔貌検査の結果は、いずれも原告らと被告との間に親子関係が存在することと矛盾しないばかりか、むしろ、親子関係が存在することを窺わせるような類似点が幾つか存在することが認められる。

以上認定のすべての事実を総合するときは、山崎政子が原告らを懐胎したのは、被告との性的交渉の結果であると認められ、原告らはいずれも被告の子であると認めるのが相当である。

二  そこで、本件認知の準拠法について検討する。法例第一八条によれば、認知の要件は父子それぞれにつき各自の本国法によつて定めるべきところ、前記甲第一、三号証、証人山崎政子の証言および被告本人尋問の結果によれば、原告らはいずれも日本国籍を有する者であり、被告は台湾に本籍を有する者であることが認められる。したがつて、本件認知について原告らに適用すべき法規が日本国法であることは明らかであるけれども、被告に関し適用すべき法規が何であるかは必ずしも明らかでない。すなわち、現在わが国が中華人民共和国およびその政府のみを承認し、台湾地域を同国の主権の下にあると認めていることからすれば、被告の属する国は中華人民共和国であり、同国法が被告の本国法であると考えられるけれども、他方、被告の属する台湾地域においては少くとも親族法・相続法上の生活関係に関しては従前からの中華民国民法が現実に通用していることからすれば、本件について被告に適用されるべき法規は中華民国民法であるとも考えられるからである。

そこで右の問題を他の観点から考えてみると、元来、国際私法は私法の領域における渉外的生活関係に最も適合する法規を発見し、この生活関係の法的秩序の維持を図ることを目的とするものであるから、国際私法上適用されるべき外国法は承認された国家又は政府の法に限られるべき理由はない。国家又は政府の承認は政治的外交的性質を有する国際法上の問題であつて、当該承認国家の特定の地域に属する者に対し国際私法上如何なる法規を適用すべきかの問題に直接かかわりはない。右の特定地域について独立国家としての承認がないことの一事を以て、その地域社会における私生活関係について当該承認国家の法と異なる一定の法規が現実に通用することを否定する根拠とすることはできない。このように考えると、本件認知訴訟について適用されるべき「被告の属する国の法律」とは、法例第二七条第三項の趣旨からいつても、被告の属する台湾地域において私生活関係を規律する法規として現実に通用している中華民国民法である、と解するのが相当である。

三  ところで、中華民国民法第一〇六五条第一項は、「婚生でない子であつて、その生父が認知したものは、これを婚生の子と看做す。生父が養育したときは、これを認知したものと看做す。」と規定しているが、同条にいう「養育」とは、相当期間生父が子の養育費や学費を負担し、わが子としてその子に愛情を注いだ事実をいい、生父が子と同居したことまでを意味するものではないと解すべきである。そして、前認定の事実によれば、被告は原告らの生父であつて、原告両名を養育したものというべきであるから、原告らは、中華民国の民法上、すでに被告の子として認知された効果を享有するものといわなければならない。

四  次に、原告らに関する本件認知の要件は、日本民法によつて定めるべきであること前示のとおりであるところ、日本民法は、養育認知の制度を採用していないので、日本法上被告と原告らとの間の父子関係の存在は未だ認められない関係にあるから、原告らの本件認知請求は、訴の利益を具えたものというべきである。なお、被告は、本件請求が中華民国民法所定の出訴期間を徒過した不適法なものであると主張する。しかし、前示のとおり、同国法上、原告らはすでに被告の子とみなされているのであり、本件請求はこの同国法における認知の効力となんら抵触するものではなく、かえつて同国法の趣旨にかなうものであるから、右出訴期間の制限規定は、本件には適用の余地がないものというべきである。したがつて、原告らの主張するように、法例第三〇条によつて右出訴期間の制限規定を排除するまでもなく、原告らの本訴請求は適法であるといわねばならない。そして、前記一に認定した事実によれば、原告らの右各請求は理由があると認められる。よつて、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秦不二雄 裁判官 寺沢光子 冨塚圭介)

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